News & Topics

横浜合同法律事務所ニュース11

世界同時不況
- サブプライムローン問題 -

弁護士 畑山 穰

 世界が、一〇〇年に一度の金融危機から同時不況へと苦悶するなかで、明らかになったことの第一は、何よりも、富を生み出すのはもの作りの実体経済(生産工場などでの生産的労働)であって、金融経済或いは金融システム(銀行など金融機関の活動)そのものは、それ自体が決して富を生み出すものではなく、従って、経済全体のなかでは、実体経済こそが主役、金融経済は補佐役であるという厳然たる経済原則が貫徹していることであります。

 早い話、金融経済が、実体経済と関係なくマネーゲームでただ右から左へ、左から右へとお金を動かしたところで富は生まれず、富の移動が生じるだけですから、結局、それははしっこい者がのろまな者を出し抜き、相手の懐からお金を奪い取り相手の損害で金儲けをするだけのことであります。所謂、金融システムのカジノ経済化或いはより直截な表現をすればやくざの鉄火場よろしくバクチ経済化ということになりましょう。

 今回の金融危機ではウオール街がまさにこのラスベガスのカジノ場と化していたことが暴露されました。

 バクチに犯罪はつきもので、こんどの世界金融危機の引き金となったアメリカのサブプライムローン問題に至っては、半ば詐欺といってもよいくらいで、富を作り出すのはもの作りの実体経済であって、金融経済はもの作りの実体経済が生み出した富のなかから応分の正当な分け前を取得できるだけであるという自明の経済原理を遠く逸脱し、現代の錬金術師よろしく金融工学などといういかさま学問で粉飾を凝らし、いつの間にやらあたかも金融経済がそれ自体で富を生み出し大儲けができるような幻想を作り出して暴走をはじめ、アメリカの金融界はリーマンブラザーズなどの投資会社を先頭にして不動産バブルを煽り、もともと支払能力のない低所得階層に高額の不動産購入資金を貸し付け、この住宅ローン債権を組み込んだ金融デリバティブ商品をこしらえあげ、さも実体的な価値を持つ信用力の高い商品として開発されたものででもあるかのように偽装して、これをアメリカ国内ばかりか世界中にばらまきました。

 かくして支払能力の低い階層が、いずれはお金を返せなくなり矛盾が爆発するのは、先行き目に見えているわけで、アメリカでも不動産バブルがはじけると同時に、サブプライムローンの焦げ付きが顕在化し、一挙に株価の下落、信用の急激な収縮がはじまり、それはたちまちアメリカから世界へと広がりました。

 まさに、アメリカの代表的金融資本が世界を相手に詐欺を働いたと言っても過言ではありません。

 リーマンブラザーズのCEO(最高経営責任者)は、在任七年間で四九〇億ドルの報酬(当時の円換算で四兆九〇〇〇億円、年当たり七〇〇〇億円)という途方もない収入を得て、世界同時不況に苦しむ庶民を尻目に、中世のお城にも見まがう豪壮な邸宅に住んでおります。

 他方、一気に世界恐慌の地獄の釜のふたが開いているのを見せつけられた各国の首脳や金融財政の責任者は、戦々恐々、その火消しに大童となり、緊急国際会議を開催して、国際的な協調で金融危機を収束させ景気の失速を防ごうと、総額五兆ドル(約五〇〇兆円)もの財政出動と金融経済の野放図な運動に規制を加えようとしており、今日この頃では、ウオール街をはじめとして株価がある程度持ち直すとか、景気も下げ止まりの傾向が出てきたと一息ついているようであります。

 しかし、過剰流動性のドルはますます世界中にだぶついており、カジノに味を占めた金融界の紳士らが改心したわけでもなく、本当にこれで世界の経済が持ち直していくのかどうかは大いに疑問で、事態がこれからどう展開していくか注意深く監視していく必要がありましょう。

 

株券の電子化?

弁護士 浅川 壽一
  1. 株券の電子化とは?
     本年一月より、株券の電子化が始まりました。株券の電子化とは、「上場会社の株式がすべて振替株式に変更されること」をいいます。
  2. 対象〜上場株式が一斉に電子化
     本年の一月五日をもって、上場会社の株式は一斉に電子化されました。証券取引所などで取引されている上場株式は、すべて例外なく電子化の対象となったということです。
     なお、未上場会社の株券については、電子化とは関係ありません。とはいえ、株券不発行制度という電子化に似た制度を各株式会社で設けているケースがありますので、ご自身の株がどういうものなのか、よく調べてみましょう。
  3. 効果〜株券は無効に
     すべての上場会社の株券は、一月五日をもって無効となりました。誤解を恐れずに言い切るなら、「その株券は、紙くずだ!」ということになります。
     しかし、注意して頂きたいのは、紙くず同然の株券だけれど、それを持っているということに意味が出てくるケースがあるのです。たとえば、株が誰のものかという争いになったとき、株券を持っているということが重要な証拠となって、裁判に勝てるかもしれません。また、父母が亡くなって家捜ししたところ、株券が出てきたという場合、「紙くずだ・・・」と諦めてはいけません。その株券を手がかりにして、相続できる場合がありうるのです。
  4. 手続〜権利移転は振替
     電子化に移行した後、株式の権利を移転するための手続は、証券会社や信託銀行などを介した「振替」という手続によって行われます。この点は、一般の方々からみたら、大きな変更点はありません。従来どおり、株を売買したり相続したときには、証券会社などの金融機関を通じて自動的に手続が行われるからです。
     とはいえ、私たち法律家から見ると、大きな変更点があります。たとえば、株式の帰属をめぐる紛争が起きたとき、「その株券をわたせ!名義を書き換えろ!」という裁判をするのではなく、「あんたの名義になっている株式の名義を、私名義に振替しろ!」という裁判になります。
     余談ですが、電子化にともなう振替の制度は株主名簿制度とも混乱しやすいです。ちょっと難しいのですが、電子化に伴う振替制度は権利移転のための要件、株主名簿制度は株式会社に対する対抗要件、といわれています。
  5. 今後の注意点
     電子化にともない、消費者問題に取り組む筆者が一番懸念していること。それは、電子化によって株券が無効となったことを知らない人を騙して、株券を売りつける手口です。「上場会社の株券を手に入れました。あなただけに安く販売します。」・・・騙されてはいけません。その株券は、紙くず同然です。反対に、相続が発生したときなどは、紙くず同然の株券でも、重要な意味をもってくる場合があります。「紙くずだから」と早合点してはいけません。場面場面で、株券を持っているということの意味が違ってくるからです。慌てずに、弁護士や金融機関に相談しましょう。
 

100メートルは100メートル

弁護士 田渕 大輔

 去る2月10日、横浜地方裁判所横須賀支部において、根岸弁護士、高橋弁護士、近藤弁護士と一緒に取り組んでいた刑事事件について、無罪判決を得ることができました。

 事案は、油送船が航行中、停泊していたプレジャーボートに衝突したとの嫌疑をかけられたというものでした。本件の特徴は多数存しますが、字数の都合上1点に絞るとすれば、油送船の航跡が東京湾海上交通センターのレーダー映像に全て補足されており、そのレーダー映像によれば、油送船がプレジャーボートの停泊位置に最も近づいた段階でさえ、両船の距離が約100メートルも離れていたということにありました。

 衝突したとされる2隻の船舶が約100メートルも離れていれば、私たちの普通の感覚からすれば、当然、衝突の事実は無かったと考えるのが合理的な思考でしょう。

 ところが、刑事事件と同時平行で進んでいた海難審判手続〜この手続は、海難事故の発生原因を究明し、海技免許を有している者に対する処分を決める行政手続ですが〜では、100メートルの距離を全く無視して、衝突の事実ありとの認定をされてしまったのでした。行政手続は司法手続に比べ、事実認定が杜撰であるという認識はありましたが、それでも、100メートルもの距離を完全に無視した海難審判所の判断には、呆れて物が言えませんでした。

 しかし、さすがに裁判所は、そんな乱暴な事実認定はしませんでした。レーダー映像から約100メートルも離れていれば、衝突していないと考えるのが当然の帰結であるとの前提に立ち、その他、レーダー映像の距離にもかかわらず両船が衝突したと考えられる理由があるかという点について、丁寧に検証した上で、両船が衝突していないという結論を導き出してくれたのでした。

 海の上だろうと100メートルは100メートルであり、その距離を無視せず無罪判決という結論を導いてくれた裁判所の判断は当然のものであり、判決はそのまま確定しました。そのことは、逆に、海難審判所の判断の異常さを際立たせることにもなったと考えています。

 刑事裁判は無罪判決が確定して終わりましたが、海難審判については、こちらから不服申立を行い、高等海難審判所に係属中です。刑事裁判に次いで海難審判でも、衝突の事実など存在しないことを確定させ、船長の汚名を晴らせるよう、もう一息、頑張ります。

 

タクシーヤミ金奮戦記

弁護士 田井 勝
  1.  昨年末、タクシー運転手のAさんという方が事務所に相談に訪れました。Aさんは、ヤミ金業者からお金を借りて、支払いが滞ったため、業者から二人がかりで殴るけるの暴行を受け、全治数カ月の傷害を負いました。
     また、Aさんは、暴行を行った業者以外のヤミ金10数社(者)から、利率がそれぞれ約200〜000%という超高金利で金銭を借り、毎日2〜3万円ずつ返済しているとのことでした。
  2.  私達はまず、警察でAさんに被害届を提出させた上で、Aさんの債務整理を受任しようとしました。
     しかし、Aさんは、「ヤミ金に対し弁護士名での受任通知を送っても、Aさんの保証人(同じくタクシー運転手)に請求がいくことになる」と言って、弁護士を介在させることを躊躇し始めました。
     つまりこれが、タクシー運転手を狙った、いわゆるタクシーヤミ金の実態で、ヤミ金業者が、複数の運転手同士の連帯保証を条件に貸し付けることで(合い保証)、お互いに監視させ、被害の実態を表面化しにくくさせているのです。
  3.  私達はAさんを説得し、他の保証人も、Aさんとまとめて引き受けました。その後、「Aさんの保証人の保証人」という形で、最終的には20数名のヤミ金の債務整理を受任することとなりました。
  4.  ヤミ金ゆえ、基本的には携帯電話の番号しかわからず、住所はおろか、名前がわからないこともあります。そのため、弁護士としてはヤミ金相手に、「○○さんの件で代理人に受任した」と電話連絡するわけです。
     ヤミ金業者は「借りたものはかえさないと」「先生がかえしてくださいよ」等々の汚い言葉を浴びせてきます。また「今からお前の事務所に行ってやる」と凄む者もおり、私が「いつでも来いよ」と言い返した翌日、事務所の看板がなくなるといった事態も起こりました(看板はその数日後、事務所1階ロビーに置かれてありました)。そして、わが事務所に突然出向き、「受任通知をよこせ」だの「友人だから、利息なんか取っていない。借りたものは返せ」などといってと凄む者もいました
     もっとも、弁護士名で業者に連絡すると、そのほとんどは、一切の請求をやめます。
     現在、各業者からの連絡はひとまず落ち着いています。また、Aさんに暴行事件を働いた者二人は、傷害罪で起訴されました。
  5.  業者の中には、タクシー会社の従業員も多く、金銭を借りたタクシー運転手は、会社内で、合い保証をしている仲間から監視され、他方でヤミ金業者たる会社社員から、会社事務所や寮で取り立てにあうこととなり、ヤミ金の取り立てから逃れられなくなっています。
     またタクシー運転手は、一日の売上を日々、賃金として受け取るケースが多いため、ヤミ金業者は、債務者が賃金を受け取る時間に会社に立ち寄り、金銭を回収していきます。そして金銭を取られたタクシー運転手は、日々の生活費すら持ちえず、ヤミ金業者から金銭を借りることとなるのです。
     ヤミ金は、出資法の規制金利(29.2%)を超える、貸金業登録のなされていない違法な業者です。ヤミ金から借りたお金は、法律上返済義務がありません。また、ヤミ金に支払ったお金は、全額返済を請求することができます。
     不況や、貸し渋りの影響で、ヤミ金事件は今後増加すると思われます。業者の一掃を図れるよう、今後も闘っていければと思います。
 

ワイカレモアナの夜はふけて - ニュージーランド山行記 

弁護士 中村 宏

 ニュージーランド北島の山に行ってきた。季節は晩秋。天気に恵まれず毎日雨!そんな時,1人で外国の山小屋に泊まって,どういうことになったかというと・・・。

 北島東部にあるワイカレモアナ湖という湖を周遊する3泊4日の登山道(トラック)に入り込んだ。山小屋に1泊した翌朝5時頃,天井でガサゴソする音で目が覚める(動物か?)。 7時前にパン,チーズの朝食,粉末ジュースは山小屋の水で溶く。DOC(注)のビジターセンターでは水は煮沸せよと言っていたが,どうも飲めるようだ。(飲んじゃえ!)

 小屋の少し先は湖で,霧が立っている。この日は18qあまりの道のり,8時前出発。とにかく雨。大きなシダの葉が繁る中,はじめは平坦な道だったが,そのうち湖に張り出した小さな尾根を登っては湖岸に降り,登っては降りの繰り返しになり,疲れるのにいくら歩いても進まない。景色も見えず,湖は霧の中。休むところもないまま14時くらいになってしまった。いいかげん嫌になったので,雨の登山道で立ったまま昼食(パン,チーズ,リンゴ)を食べてしまう。

 さらに2時間ほど歩いて16時前ようやく次の小屋に着いた。前日から雨の中を歩き通しなので,体じゅう水だらけ,汗だらけ,泥だらけ。小屋の中の暖炉があるキッチンが暖かい。小屋の先着は3人いたが,この雨の中「湖で泳ごう,シャワーだ」と私に話しかけて来る。うち2人は実際泳ぎに行ってしまった。よくもこんな寒い中泳ぐよなあ,と思っていたら,やっぱり震えて戻ってきたよ。(気温は10℃くらいか?)

 17時頃には暗くなり,夕食はろうそくの灯のもとでチキンラーメンを作る(インスタントラーメンと違って便利)。2人組がやって来て,私を含め6人になった。この小屋は30人の定員なので広々としているのだが,英語で話す5人と話せない私の間には見えない壁がある。少し離れて5人の話を聞いていると,「湖の水は温かった。泳げばよかったのに」と言って笑っている。陽気でおしゃべりな人たちだ。そのうち1人が馬の種付けの話をはじめたと思ったら,「日本のユタカ・タケを知っているか?」と,いきなりこっちに話をふってきたりする。バンクルーム(寝室)に引き上げたかったが,とにかく寒いので暖炉のあるキッチンにいる他はない。外の雨はひどくなるばかり,小屋に閉じこめられた状態だ。暖炉の横に靴や服を乾かすスペースを空けてくれと頼んだり,ここにいれば会話は必要になってくる。しゃべれなくてもしゃべらなくてはならないのだ。翌々日下山するまでずっと雨,行く先々の各小屋でこのおしゃべりな外国人たちに付き合うこととなった。

 この間の山行で食べたものは,パン,チーズ,チキンラーメン,リンゴ,粉末スープと粉末ジュースだけ。帰国したら5 s痩せていた。

 荷物が重いので最低限の食料で,降り続く雨と寒さの中ひたすら歩き,小屋では1人だけろくに話せない言葉で何人かの話の輪に入る・・・この3重苦に耐えさえすれば,もうどんな国のどんな山小屋に泊まっても大丈夫!実に有意義であった。 

(注)DOC=自然保護庁 ニュージーランドのほとんどのトラックと山小屋はDOCの管理下にある。本件小屋は25nzドル/1泊(約1450円 当時)。食料・燃料・寝袋は持参のこと。

 

非正規社員の大量解雇と闘う

弁護士 近藤 ちとせ

<昨年末からの非正規社員大量解雇>

 昨年末以来,いすゞ自動車,日産,三菱ふそう等,大企業による派遣社員や有期契約社員の大量解雇が続いています。

 当事務所では,このような非正規社員の大量解雇に対抗する為,多くの弁護士が走り回ってきました。

<いすゞによる解雇>

 いすゞによる解雇事件は,いすゞ自動車が,昨年11月半ば,非正規社員の人々に対してその年の12月26日をもって解雇すると通告したことで始まりました。解雇された社員らは,本来翌年の3月や4月までの契約でしたが,契約期間満了前の年末に,突然解雇されたのです。

 いすゞで働いていた非正規社員の中には,解雇により職を失っただけでなく,同時に会社の寮からも追い出され,住む場所さえも失った人々がいました。昨年末は日比谷公園での派遣村が話題となっていましたが,まさに年末に住む場所すら失った人々が,事務所に集まってきたのです。

<日産による解雇>

 日産による非正規社員切りは,平成21年2月9日のカルロス・ゴーンCEOによる発表に続く形で行われました。ゴーンCEOは,08年度通期で,世界の日産関連企業の売上げは20%減少する,世界中の日産グループの人員を2万5人削減すると発表したのです。その後,日産及びその関連会社は,同年3月末をもって数百人の派遣社員を一斉に解雇しました。

 日産により今回解雇された派遣社員の中には,5年以上もの間,正社員と同様の非常に専門的な業務を行うことを指示され,実際に行ってきたにもかかわらず,正社員にして欲しいとお願いすると拒まれ続けてきた人々がいます。

 また,日産関連会社の派遣社員の中には,いすゞと同様に解雇により寮まで追い出され,平塚の寮から,群馬にある実家まで5日間かけて歩いて帰ったという派遣社員もいました。この人は,現在も解雇によるショックから共同の睡眠障害に悩み,強い睡眠薬を飲んでも3時間の睡眠をとることすらできない状態で過ごしています。

 日産は,派遣社員を低賃金で利用し,多額の利益を得てきました。その内部留保は,平成20年3月末の段階で3兆9969億円にも上ります。日産が予測している08年度の訴純損失は265億円であり,内部留保の6.6%に過ぎないのです。日産にその気さえあれば,派遣社員を解雇しなくとも十分にやっていけることは明らかでしょう。それにもかかわらず,日産は,景気が低迷するや,正社員でないことを理由に派遣社員の人々を解雇しました。

<非正規社員切りに対抗するには>

 この様な非正規社員切りをを生じさせた元凶は,現在の労働者派遣法にあります。労働者派遣法は,それまで労働基準法によって保護されていた労働者を,派遣という例外を作って保護の傘の外へ押し出しました。その結果,企業は,都合よく労働者を使い捨てできるようなシステムができたのです。現在の非正規切りの問題を解決するには,この労働者派遣法を抜本的に改正することが絶対に必要です。

 とはいえ,私たち法律家は,法律が改正されるまで指をくわえて待っているわけにもいきません。非正規社員切りに対抗するには,裁判を通じて,簡単に非正規社員を解雇させないという世論を作っていかなければと感じています。

 

裁判員裁判始まる

弁護士 阪田 勝彦
  1.  2009年5月21日、裁判員裁判が始まりました。裁判員裁判が始まるにあたって、様々な報道やテレビドラマで裁判員裁判が取り上げられています。
     この裁判員裁判は、殺人事件などの一定の重大事件を裁判官だけでなく、一般市民から構成される裁判員と一緒に判断をする制度です。この制度は、裁判に民主的要素を取り入れるという側面があるものですが、様々な問題点が残されたままともいわれます。裁判員になられる方も多いと思いますが、いくつかの注意すべき問題があり、その点に注意する必要があります。

  2.   公判審理の簡素化
     これまでの刑事公判の審理は、多くの証拠に基づいて厳密な審理が行われてきました。そのため、審理期間が長期化するということもありました。しかし、裁判員裁判のもとでは、ほかに仕事を持っている一般の方を長期間拘束することはできない、そう言う考え方のもとに公判審理を集中的に行い、ごく短く行おうということになっています。例えば最も多くなるであろうとされる公判審理期間3日という事件では、1日目に裁判員として選ばれる選任手続き、3日目は裁判官と裁判員の話し合いである評議と判決ですから、実質公判審理は2日目のわずか一日しかありません。
     また、公判審理を短くするために、公判前整理手続きという制度があり、そこでは、こんな弁護士検察官は主張をしますよ、こんな主張はしないでくださいなどといって主張を整理し、また実際の証拠は本物の証拠は長すぎたりするのでなるべくダイジェスト化しようということになっており(例えば実際の精神鑑定書だと20〜30頁にわたるものもありますが、これが結論だけの数頁の「読みやすい」ものになったりもします)、裁判員の人たちの目に入る前に、「読みやすく」「分かりやすい」ものに整理されるわけです。
     しかし、分かりやすいということは、一方で真実発見を遠ざける危険もはらみます。生の証拠を使わずに、法律家がダイジェストで作り直すと、新しい発見もなくなり、結局法律家が選んだ範囲の中で、一般の方が考えるというだけの話にもなりかねません。裁判員の人にとって「分かりやすい裁判」は楽でよいかもしれません。
     しかし、もし貴方や貴方の家族が、まちがって逮捕された人であったらどうでしょうか。「分かりやすい裁判」のもと、複雑でやっかいな真実は見過ごされていく、そのような裁判はとても怖いものです。

  3.  裁判員裁判の問題は、これに限るものではありません(守秘義務の問題(裁判官は評 議内容を話しても犯罪になりませんが、裁判員は捕まります)や、証拠制限(公判開始 前に出せる(はず)の証拠を出しておかないと、もう証拠はだせなくなります)など、 まだまだ多くの問題を抱えたままのスタートになります。
     また、裁判員裁判導入で期待された、取り調べの可視化(ビデオや録音による違法な 取り調べのけん制)は結局実現せず、しかも、自白をしたところだけを一部分撮影する
     という、逆に無理矢理自白をとる側に有利な証拠になりかねない状態のままのスタート です。このような状況の中で裁判員に選ばれた皆様が、冤罪を絶対に避けなくてはいけ ないということ、真実 が発見がいかに重要であるかということを認識し、先入観に負 けずに判断することそれ が極めて重要なこととなるでしょう。
 

産休から復帰しました

弁護士 太田 啓子

 私事ながら、昨年秋に初めての子(息子)が誕生しました。産前産後期間に約半年間のお休みをいただき、依頼者の皆様や事務所には何かとご迷惑をおかけ致しました。今年4月に息子は地元の保育園ひよこ組のメンバーとなり、私は業務を再開しましたので、またどうぞよろしくお願い致します。

 息子はまだハイハイもしませんが(平成21年6月現在)、どの親もそうであるように私も、「大きくなったらあれを一緒にしたい」「こういう子に育ってほしい」と夢みています。しかし自分自身の子供時代を思い起こせば自明の通り、親が子に望むことの、おそらく10分の1も、子供は実現しないものでしょう。ですから夢想の全てがかなわなくても全く構わないのですが、ただ一つ、本を読む楽しみだけは子供に伝えてあげたいと思っています。読書というのは、時間も場所も選ばず、遊び相手がいなくてもよく電気も不要という実に便利な娯楽であり、寂しいときも楽しいときもそのときの気分に見合った読み方をできるという点でも、人生の彩りを確実に豊かにする営みだと思うからです。

 そしてもう一つ息子に願うことは(こうして親の望みは増えてゆくのでしょうが)、社会に対する意識をきちんと持ってほしいということです。今の日本社会には政治に無関心な層が少なくないと感じますが、無人島で一人で生きているのではなく、社会で生きていく以上、政治に無関心であるということは自分自身の人生が政治にどう翻弄されても構わないと投げ出すのと本当は同義のことで、危なっかしい生き方だと常々思っています。人は政治を避けることをできても、政治のほうは、決して人を避けないものだからです。色々ときな臭いニュースもある世情の中に生まれた息子には、特に、平和を脅かす出来事に敏感な感受性と、何かおかしいと感じたら動くことができる行動力をいずれ持ってくれればと願っています(自分には足りないものばかり、子には望んでしまうものです)。

 このような親の願いを込めていつか息子に贈りたい本のうちの一冊に、最近童話屋から出版された「詞華集 生きていてほしいんです - 戦争と平和」と題された本があり、共同編集者でもある谷川俊太郎の詩をはじめ、多くの反戦詩が収められています。例えば私の好きな、「誰が・・・」という詩(谷川俊太郎)の一部をご紹介しますと、「誰が殺すのか?/無名の兵士を/目に見えもしない国境の上で(中略)  誰が決めるのか?/正と不正とを/もっともらしい美文調で  みんなその誰かを探している/自分以外の誰かを - 」(以上)。 いつか息子と、感想を分かち合えると嬉しいと思っています。

以上

 

「かながわ『派遣村』in横浜公園」のご報告

弁護士 西村 紀子
  1.  去る4月30日、5月1日に、横浜公園にて、労働組合が立ち上げた実行委員会が中心となり、組合員、司法書士、弁護士等々がつどい、各種団体やボランティアの方達の協力を得て、「かながわ『派遣村』in横浜公園」を実施いたしました。
     派遣村は、昨年末に日比谷公園で年末派遣村が実施されて以降、各地で実施されてきています。今回、横浜公園で実施した派遣村も、この流れで実施したわけですが、各地の派遣村の情報を集めつつも、どのくらいの相談者の方が見えるかもわからず、半ば手探り状態でした。
     実施内容の主なものとしては、各種相談活動、すでに住居がない人への簡易宿泊所の案内などによる宿泊場所の確保、同行による生活保護申請、炊き出しなどです。
     相談活動としては、生活保護相談、労働相談、住居の相談、多重債務相談、医療健康相談、子育て教育相談など多様な相談が設定され、それぞれの分野の専門家を相談担当者として配置しました。
     炊き出しについては、おにぎりと豚汁300食分(1日あたり)を用意して備えました。

  2.  初日4月30日の開村時間は午後2時。開村前から相談に並ぶという相談者の方もありましたが、必ずしも当初は相談者の方は多くはありませんでした。ですが、段々段々と相談者が増えてきます。結局、1日目の終了時間間際まで相談の方がおいででした。
     2日目の5月1日は、まさに横浜公園で行われるメーデーと日程が重なっていたため、派遣村テント内にあったはずの椅子がなくなるなどしてかなり窮屈な状況での相談となりました。開始後しばらくしてから相談者が増えてくる状況は、4月30日と同じでした。
     4月30日、5月1日を通して、相談者の数が予想を超えたため、時間によっては相談担当者の人数が足りないという状況にもなってしまいました。
     また、1日300食分用意した炊き出しは、4月30日も5月1日も、たくさんの人が並んで、あっという間に全部なくなってしまいました。
     両日とも、集団での生活保護の同行申請を行い、1日目は11人(受理8人、留保2人、受給1人)、2日目は25人(受理18人、留保5人、受給2人)の成果となりました。

  3.  4月30日、5月1日の両日を通した相談者の数は計136名、相談件数としては、200件を超えました。これだけの相談件数は、地方実施の派遣村の中では相談件数は多いほうで、これは、事前の宣伝活動、マスコミによる報道のほか、当日の呼びかけも大きな力を発揮したようです。
     これだけの人数の相談があったため、各分野すべてについて万遍なく相談がありましたが、なかでも圧倒的に多かったのは、やはり、生活保護相談、住居の相談、労働相談でした。
     これらの相談も別々に相談がなされるというよりは、派遣労働者が解雇されて寮を出なくてはならず住むところがないから、住居を早く確保して生活保護を受給したい、という具合に、一つだけにとどまらない問題を抱えて相談に来られる方が多かったのがとても印象的でした。
     また、解雇されたわけではないけれども、労働時間が短く設定されて給料が安いため生活ができない、というような、生活との関係では極めて深刻であるにもかかわらず解決が難しい相談も、現在の貧困問題を反映した相談内容であると実感させられました。

  4.  「派遣村」の特徴は、特定の相談に限定されない様々な相談を、それぞれの専門家が一堂に会して相談を受けることができるため、前記の相談者の方のように複数の問題を抱えている際にあちこちの役所に行くことをせずに1回の相談で対応ができるということが大きいと思います。そして、「村」というある意味くだけた形が、なかなか相談ができない人達にも駆け込み寺的な役割を果たし、相談のきっかけを作っていることも相まって、住居もお金もなく行くところがない人達やその他の個別の相談者を手助けすることができるのは、素晴らしいことと思います。
     また、派遣村は、党派を超えた結集が可能であるという点も大きな特徴であると思います。現在の貧困問題を少しでも解決するのに力を発揮したいと考える人ならば立場を問わずに参加ができ、また、どんな立場の人でも相談ができる、このような取り組みはとても大事だと思います。
     今回の派遣村においても、従前貧困問題を真剣に取り組んできた人たちのほか、これまで貧困問題には関心があったけれどなかなか機会がなかったという人も多数参加してくれたこと、さらに、大学生が多数ボランティアとして参加してくれたことも大きな特徴でした。

  5.  元々を考えると、日比谷公園での「年越し派遣村」以降各地で実施されてる派遣村等でやってきた相談活動は、本来、政治と行政が対応して行うべきことであったはずです。
     実際には、小泉構造改革による労働者派遣法の改悪、社会保障費の削減により現在の状況を作り出してきた政治と行政は、現在起こっている深刻な状況に対応できず、見て見ぬふりを続けて現在に至ってしまったわけです。
     このような状況にあって、派遣村は、個別の相談の方の救済だけではなく、政治、行政が見て見ぬふりをしてきた状況を顕在化して政治家や役人達に突きつけるとともに、政治の無策が原因で生じている現在の状況をボランティアによる一般市民が協力して解決しようとしているという事実を突きつけることに大きな意味があるように思います。
     そのような意味で、「派遣村」的な取り組みは、それこそあちこちでなされるべきであると思います。
     それらの取り組みが各地でなされていけば、国や行政を動かす大きな流れをつくっていくことができるのではないかと思います。
 

山崎裁判第一審判決の報告

弁護士 宋 惠燕
  1.  事案の概要
     2006年1月3日早朝,横須賀中央駅近辺で,米兵リースによる強盗殺人事件が発生しました。殺されたのは,現場すぐ近くに住む山崎さんの妻好重さんでした。米兵リースは,飲酒の上,金銭を奪う目的で,道を尋ねる振りをして,好重さんに近づき,残虐な殺害行為に及んだのです。
     たまたま,犯行現場近くにある駐車場の防犯ビデオには、犯罪の一部が録画されていました。そこには、「いやっ」「たすけてー」「痛いよー」という悲鳴、痛みに耐えきれずうめき声をあげる好重さんの声とともに、米兵リースの「マネー」と金銭を要求する声、好重さんを殴る音,踏みつける音,壁や鉄格子や床に叩きつける音が録音されていました。
     米兵リースの11分間にわたる残虐な暴力によって,好重さんは無惨にも息絶えました。

  2.  提訴
     2006年10月20日,山崎さんを含む遺族らは,米兵リースが残虐な犯罪行為により好重さんの命を奪ったことについて,米兵リースの他,国にも責任があったとして損害賠償を求めて提訴しました。
     の他,国にも責任があったとして損害賠償を求めて提訴しました。そして,2年半に及ぶ審理を終え,今年5月20日に判決が下されました。

  3.  判決
     裁判所は,米兵リースに対して,犯罪行為の残虐性を考慮した適正な賠償を認める勝訴判決を下しました。
     しかし,国に対しては,勤務時間外の米海軍人による犯罪について米海軍上司らの監督権限不行使が違法になることを指摘しながらも,この事件においては監督措置の内容が著しく合理性を欠くとはいえないとして,責任を認めないという不当な判決を下しました。
     裁判所は,国の責任を認めませんでしたが,判決理由の中で,「本件事件のような不幸な出来事が繰り返されないよう,在日米海軍当局に限らず,在日米軍当局において,適切にその監督権限を行使し,その時々の状況に応じた有効な監督措置を講じていくことが必要であることを思料する」と述べ,さらに,裁判長が口頭でも,各関係各署は,このような犯罪が二度と起こらないように対処するよう注意を促しました。これは、裁判所が、米軍や国による米兵犯罪防止の対策が不十分であったことを認めたことにほかなりません。
     今後,原告の山崎さんと弁護団は,国の責任を追及するために控訴して,国に対する勝訴判決を得るため全力を尽くしていきます。
 

弁護士 福田 

 昨年11月末行われた派遣切りに抗議のチラシ配り。朝6時半、まだ暗く北斗七星が光っていた。かなりの寒さのなか、こんな理不尽なことは許せない、せめてこのくらいの応援をしたい、と集まった人たちには熱気があった。私が立ったところは小田急湘南台駅いすゞ工場行きのバス停前。関内駅前では、なかなか受け取ってもらえないチラシ撒きだが、このときは違い、ほとんどの人が受け取ってくれた。横目で「いすゞ」の字を見つけると戻ってきて何枚かもらっていく人もあり、長い列を作ってバスを待っている間「一緒に闘いましょう」とのスピーカーからの話を聞きながら、チラシに目を落としていた。「いすゞ工場行き」と書いた専用の5,6台のバスが、次々に戻ってきて、人々を乗せて走り去る。それでもすぐに列は長くのびて、歩道に沿ってカーブしていく。だが、3回目の12月に入ったときには列は短く曲がらなくなった。顔見知りになった駅前の自転車置き場の整理をしている年輩のおじさんは、「ほら、今入ってきたバス、空っぽだっただろ?でも以前は夜勤の帰りの人が沢山降りたんだ。降ろした後で待っている人を乗せて工場に行く。列だってズーット向こうの角を曲がるほどのびていたんだよ。みんな辞めさせられたんだ。この間首切られた人が酔っぱらって暴れてたよ」と話してくれた。その人達はどんな年の瀬をすごしたのだろう。

 通り過ぎて行く人にしゃべりかけるのは苦手というわが事務所の肉体派弁護士の語りかけるマイクの声を聞きながら列の人々はバスに乗り込んで行った。

 
 

◎日産非正規切りの脱法を問う

弁護士 北神 英典

 2009年5月12日、日産自動車の期間従業員・派遣社員ら5人が日産や派遣会社などを相手に裁判を起こした。裁判の目的は、もちろん5人の救済にあるが、究極的な目標は、働く人から「人間の尊厳」を奪っている、今の労働者派遣法、派遣制度の抜本的な見直しにある。

▽始業の1時間以上前に出勤

 訴えを起こした元派遣社員、岡田知明さん(35)は、日産自動車横浜工場で3年6か月働いた。優秀さが認められ、正社員になる話が出た矢先、仕事の無理がたたって足を負傷した。会社の態度は一変し、岡田さんは出勤を拒否された。 岡田さんは、群馬県の高校を卒業後、地元の優良企業の正社員に採用された。しかし体調を崩したことなどから退職。その後、体調は回復したものの、派遣社員の道を選択せざるを得なくなった。2004年9月、日産自動車横浜工場に派遣された。

 「派遣だからいい加減だ」とは思われたくなかった。昼勤務の時は、始業の1時間以上前の朝6時半すぎには出勤。現場のパソコンを開き、部品ごとにその日一日に必要な生産数を頭にたたき込み、仕事に臨んだ。現場の正社員から一目も二目も置かれるようになった。2007年秋、正社員登用試験の誘いが舞い込んだ。

▽「派遣→期間雇用→派遣」の脱法

 岡田さんは3年6か月の間、常に期間を定めた有期雇用だった。その形式的な雇用主は「派遣会社」→「日産」→「派遣会社」→「日産」→「派遣会社」とめまぐるしく変えさせられていた。派遣会社と日産がグルになって仕組んだ、派遣法の派遣可能期間の規制を脱法して働かせ続ける偽装工作だった。

 岡田さんは、待遇が良く身分の安定した正社員になれるチャンスに心が躍るのを抑えることができなかった。さらに仕事に力が入った。

▽労災の休み明けに出勤禁止

 しかし重い部品を持って絶え間なく持ち場を歩きまわる重労働に、既に岡田さんの体が悲鳴を上げていた。横浜工場で働き始めてから異常を感じていた右足のかかとが、痛くて歩けない状態にまで悪化。2008年2月、岡田さんは出勤できなくなった。

 事実上の労働災害だった。にもかかわらず、日産と派遣会社が決めた欠勤明けの岡田さんの処遇は、横浜工場への入門禁止だった。

 派遣会社の指示で、岡田さんは泣く泣く神奈川県平塚市の日産車体湘南工場に移ったが、ここでも1年ほどで雇止めにあった。

▽いす取りゲーム

 今や3人に1人が非正規を選択せざるを得ず、正規社員は、いす取りゲームのいすのような存在になった。にもかかわらず、いまだに社会の一部には、派遣が切られるのは、不安定な働き方を選択した「自己責任」だという誤解がある。 岡田さんの人生をみる限り、「自己責任」を問える要素を、私は見つけることができない。日産の期間従業員と派遣社員計5人の裁判を通じて、真実を社会に広く伝え、非正規社員に対する誤解をただしていかなければならない。 

      

5月12日の日産非正規従業員の提訴会見

 
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